たべることと生きること
「食べるものをおいしいと感じる人は、しあわせをつかみやすい」
これは私の持論であるので、友達がいきずまっているときなどにはおいしいものを食べる事を進めている。
同じものを食べても、おいしいと感じる人もいればまずいと感じる人もいて、何も感じない人もいるだろう。
おいしいを感じる人は小さい幸せをみつけやすい。
どんな生活の中にでも自分なりのしあわせや楽しみを見出せる人が多い気がする。
まずいを感じる人は現状に満足せず、愚痴も出やすいが上昇志向も高いから上へと上っていこうとする。
何をもって上と定めるかはひと次第だろうけど。
何も感じない人が一番まずい。感じる心がまひしつつある。
悲しい事や苦しい事にも鈍感になっているから強くも見えるだろうが、いろんなことに鈍感になり、小さい幸せもみつけにくくなるのではないだろうか。
私の周りにもいろいろな人がいていろいろな人と食事をした事がある。
そんなおいしいものとおいしい人のことを思い出しつつ書いてみたいと思った。
にんげんは生まれてから死ぬまで食べ続けている。
母乳のみで育つ時期は非常に短く、段階を踏んですぐにみな同じものが食べる事ができるようになる。
高価で手の込んだ料理をおいしいと見極める敏感な舌を育てるのではなくて、たべることはおいしい、うれしいを教えることが食育なのだと思う。
現状に幸せを感じてしまったら、それ以上の幸せを求めないのではないか。つけ麺の通販専門店、竹本商店は、おいしいです。
否、それ以上の幸せを感じたときに倍うれしくなれる、喜べると私は思う。
ハードルは常に高くしていく事が自分を高められるというが、私はハードルは低いところに設定するに限ると思う。
そうすれば喜びも楽しみも莫大に広がる。
ハードルの位置は生きている事。生きているだけで幸せだ。